会員コラム36

ホルテンセの不思議

茂吉  

難物種と言われるホルテンセだが?

この愛らしい植物の何がそう言わせるのか私には良く分からなかった。

たかだか10年にも満たない栽培歴で偉そうなことを言うつもりは無いが、開花した親苗の交配から種を採り、実生もまずまずの成績を収めて、それらも順調に生育させてきた。

親苗の写真を見ていただければ一目の通り、極めて健やかに育っている。正しく毛の生えた緑色のウズラの卵で、互いに寄り添った群生株は恰もハグする人間じみた様相を呈する。

ホルテンセ栽培の技術的なことのほとんどは、本種のエキスパートとして良く知られる秋田市在住の橋本幹郎氏が文献などに育成法を幅広く知見を述べられているので私もそれらを参考に育ててきた。

まず塩水による灌水は橋本氏の述べている通り、海水(塩分約3%)を30倍に希釈して灌水している。(※海水に含まれる塩の濃さ、つまり塩分濃度は平均3.4%とされる。これは海水100g中に塩が3.4g含まれることを表している)

植替えは夜温が下がり出した8月中旬以降、旧葉が枯れた鉢から順に行っている。植替えた数日後に十分な灌水を行い、以後、用土の乾き具合に応じて灌水を繰り返すが、基本的に乾燥地に育つ植物との観点から灌水を控えすぎないようにすることが重要で、植替え後から10月末までは日照時間も長く生長期であることを考慮した灌水が望まれる。手っ取り早く灌水適期を知る手段として、植物体を指で軽く摘まんでみて、張りがあれば先に延ばし、柔らかく感じたら灌水するのがシンプルかつ安全な方法である。

ここまで文脈が進んで、ホルテンセの何を書くつもりなのかと?首をかしげる方もあろうかと思いますが、申し訳ありませんがここからが始まりなんです。

先ほども述べたように、本種の栽培については橋本氏の育成方法を参考に育ててきたが、北海道小樽市の我が温室で育てると秋田との環境の違いに起因するのか否か?年間の生育サイクルにズレが生じ、それがもとで交配して自家採種するには人為的な処理が必要になることが多い。 

橋本氏は本種の開花時期は6月末~7月初旬で、その頃までに旧葉は半乾きの薄皮になるように、6月に入ってからは灌水を減らして調整すると述べている。

花は新球の根元から旧葉と新球の間を縫うように花茎を伸ばし、やがて旧葉の頭頂部を割って開花する。ところが、私の温室では旧葉の乾燥が遅れる傾向にあり、そのために頭頂部の内部に蕾が形成されても自力で旧葉を破ることが出来ずに花期を終えてしまう。そこで、旧葉の内側に蕾が確認できた時点で、強制的にピンセットで半乾きどころか肉厚の旧葉を剥いて蕾を出し、数日後の開花を待って受粉させ採種している。

厚い旧葉から顔を出す花芽 

強制的に旧葉を剥いた状態


旧葉の乾燥の遅れの原因は一体何なのか?

6月から7月の開花時期に旧葉が薄くなっていなければまともな開花が出来ないので、その時期までに薄皮になる育て方をする必要があると言えるが、果たして灌水の回数や一回に遣る水の量を調整することで旧葉の乾燥化をコントロールすることが出来るのだろうか?

秋田では11月~3月中頃までは、天候が悪く殆ど成長は望めないので潅水はごく控え目にし、暖かくなる4月頃から再び通常量の潅水を始め、一般の多肉よりやや辛めの感じで5月いっぱい続けているとのこと。私の所でも冬の時期は日照時間が極めて少ないので、植物の周りから化粧砂が濡れる程度の灌水量に抑えていて、鉢底から流れ出す量は与えていない。

ホルテンセの開花時期は東北地方の梅雨時で夜温も高めなので根からの水分吸収はそう多くはないはずである。その点では小樽の方がまだ植物の活動としては活発な時期なので、灌水調節は旧葉を乾燥させるに有効な手立てかも知れない。

そこで、わずか2サンプルによる試験だが、6月の灌水回数をゼロで試してみたところ7月中に旧葉は枯れることは無かったので、今後はもっと早い時期からの断水が必要かも知れない。

ではここで、照度について探求を深めてみよう!

コノフィツムのブルゲリやR ラツムは日照時間が十分でも照度が低ければ休眠期の旧葉の乾燥が遅れる傾向にあるとも言われているようなので、ホルテンセにも同様のことが起こるのでは無いだろうか?

ここで秋田と小樽の気象条件について比較した表で検討して見ることにする。

秋田は日本一日照時間が少ないとされているが小樽はどうか?


※1.秋田と小樽の気象 (国土交通省の気象庁ホームページより)

小樽の方が少ないと思っていたが、秋田の日本一は間違いないようだ。ただし、太陽からの放射エネルギーを示す日射量は地球緯度の高い小樽の方が日差しは弱く低値となっている。

いずれにしても、植物の生産性を左右する日射量は秋田と小樽では大差ないことが理解され、ホルテンセの生育期である秋から翌春までを比較しても、この傾向に大きな変化はない。

私は学者でもなく、かつ学術的に論じようとも思わないが、ホルテンセの花芽の成長と旧葉の枯れに相関関係は無く、お互いは別々のメカニズムによって誘因され、かつ促進すると定義されるのか?

ある種の植物では花芽形成の誘因として、特定の日長条件や温度条件を要求せず、植物の栄養状態が花芽形成の主要な誘因であると考えられているものもある。そうだとすると、ホルテンセの灌水に含まれる塩水と一口に言っても海水と岩塩の違いもあれば含まれるミネラル分にも違いがあるだろう?

何とも奥深い探求で、これ以上の掘り起こしは狂気の沙汰かも知れない。いずれにしても、旧葉の枯れは吸水に、そして花芽の成長は日射量に、共に外的要因によって植物体の活動が支配されていることを物語っているのか?興味深い。

ついでに気温についてもデータを載せたが、ホルテンセの生育期である冬季間は小樽では暖房を入れているので、さほど有意義な比較ではない。

強制的とは言え、開花から受粉、そして採種を経て実生苗を得ることが出来るようになったものの、自然下の営みが園芸環境下で再現できない現状は何ともすっきりしないが、それこそが難物種と言わしめる所以かも知れない!


開花

旧体の頭頂部から開花するわけでも無い


また本種の栽培に欠くことができないと考えてきた塩水による灌水は真水でも問題なく生育するとの情報もある。仮に、真水の灌水を続けても生育障害が出なければ、他の植物への悪影響を防ぐためにもその方が良いのは言うまでもない。

まだまだ知らないことだらけの不思議なホルテンセの世界です!!

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